「房総から聞こえる鑿音 木彫家長谷川昻の記憶」会期延長特別企画の第四弾。
作り手と材料という関係を超えて、木という素材に自己の造形行為の意味を見いだす彫刻家 渡部直氏の作品展示が始まりました。
島根県出雲市に生まれ、大学時代に木彫の道を志した渡部氏。
彫刻家と素材は特別な関係性で語られることがありますが、渡部氏もまたそんな作家の一人です。作家は、木との関係を以下のように語ります。
木という存在に惹きつけられ、木を素材とした制作を中心に取り組んできた。
「塊から彫り起こす」感覚や「他者としての木の主張」、その香り、様々な側面に私が木から離れられない理由があるように思う。
近年、渡部氏は、日常の中で生じる「ambivalent」(両価的)な感情や事柄をモチーフとしながら、それらを彫刻として表現することを試みています。木を彫り、刻み、かたちをつくる彫刻という営みの中に、渡部氏は「相反する事柄を相反したまま同時に成立させる」性質を見いだします。例えば、「瞬間」と「永続性」を同時に求めるように、作家は、自ら動きはしない木という素材に命の胎動を感じさせるかたちを与えます。
今回の渡部氏による特別展示は「子ども」を軸として構成されています。
《ものとこころ 自/他》は渡部氏自身の息子の姿を彫った作品ですが、作家としての自己と子を持つ親としての自己の間のズレのようなものや、子どもへの憧れを主題とした作品となっています。子どもの彫刻を多く制作した長谷川昻との関連に着目するのも面白いです。身体は小さくとも一人の人としてその存在を尊ぶ点、その姿に普遍的なイメージを重ねる点、憧れや愛しみなど、表現の共通項と対比が時代を越えて展示室に響きます。
一部の作品には直接触れることもできるこの展覧会。木彫家たちの鑿音の共演を、美術館にてご鑑賞いただければ幸いです。
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会期延長特別企画「記憶を繋ぐ木彫家たち」について:
この企画展は、「 房総から聞こえる鑿音 木彫家長谷川昻の記憶 」の会期延長に際して、異なる角度から木彫の魅力に迫るための特別展示です。それぞれの感性で現代を生きる5人の木彫家に焦点を当て、下記の会期で、第3室を活かした展示を行います。
・最上 健 5月17日(水) ー 6月19日(月)
・岡本和弘 6月21日(水) ー 7月24日(月)
・高見直宏 7月26日(水) ー 8月28日(月)
・渡部 直 8月30日(水) ー 10月2日(月)
・桒山賀行 10月4日(水) ー 11月12日(日)
5人の作家の共通点は、木を材にした彫刻表現を探究する点にあります。長谷川昻もそうであったように、木彫家は、自然の一部として生きていた樹木を相手に、彫刻材としての木と向き合わねばなりません。アトリエに立てた丸太はそれだけで圧倒的な存在感を放ちます。作家は、その声に耳を傾けざるを得ず、材との距離や自身の造形哲学、葛藤が各人の木彫表現として表れます。
5人の作家と長谷川昻との直接の接点はありません。しかしながら、伝統木彫や工芸、芸術大学の系譜に位置する各人は、それぞれの立脚 地から自身の表現を示し、その作品は自ずと木彫文化の記憶を宿すものとなります。記憶の繋がりは、継承となるものか、また別の道を開拓するものか、あるいは将来的に交わるものとなるか…
そこに在る作品と、その作品が含むあらゆる要素に思いを巡らせ、鑑賞を楽しんでいただければ幸いです。
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