展覧会情報

鋸山 日本寺 開山1300年 特別展 光 たゆたふ~岩波昭彦展

主催:   公益財団法人 鋸山美術館
後援:   千葉県、富津市、富津市教育委員会
特別協力:   鋸山 日本寺、株式会社 たづアート
協力:   東日本旅客鉄道(株) 千葉支社 木更津統括センター、千葉テレビ放送株式会社、株式会社 イナマリ額装、株式会社東美
お問合せ:   公益財団法人 鋸山美術館
〒299-1861  千葉県富津市金谷2146-1
電話:   0439-69-8111
FAX:   0439-69-8444
E-mail:   voice@nokogiriyama.com
HP:   https://nokogiriyama.com

Informations
展覧会: 鋸山 日本寺 開山1300年 特別展 光 たゆたふ~岩波昭彦展
会期: 2025年2月9日(日)~9月23日(火・祝)/前期後期で展示替え有り
開館: 10:00 - 17:00(入館は16:30まで)
休館日: 毎週火曜日定休(火曜日が祝日の場合は翌日)
入館料: 一般800円/中高生500円/小学生以下無料/障害者手帳をお持ちの方無料

関連イベント

*5月10日(土)14:00~15:30(受付は13:30~)
     ギャラリートーク
     講師:鈴木裕士、森井毅、岩波昭彦、佐藤龍生

※イベントに関するお問合せ/鋸山美術館(0439-69-8111)
     詳しくは「イベント各種」及び、「新着情報」にて通知いたします。


同時開催

*blanc-その先の日本画-/2月14日(金)~7月14日(月)
 海東祐子、木村黙尊、佐藤龍生、清水航、白井由美、髙橋まり子、マチダナヲ、松下俊、宮坂航生、岩波昭彦による日本画グループ展。

*あべえみこのほっこりワールド展/7月17日(木)~9月23日(火・祝)
 NHK歌のお姉さんを経て、現在は絵本作家として活躍中の あべえみこ の原画をはじめとする作品展。


出品作品一覧

第1展示室(全期)
1.鋸山大仏(写生画)
2.薬師瑠璃光如来像
3.眺
4.石切場の朝(写生画)
5.石切場の朝(小下図)
6.石切場の朝
7.乾坤門(小下図)
8.海の町金谷
9.無漏窟(写生画)
10.清光 奥の院無漏窟
11.鋸山


第2展示室(前期)
1.陽光
2.木漏れ日
3.昇(小下図)
4.昇
5.曙光
6.映
7.響(小下図)
8.響
9.樹映(小下図)
10.樹映
11.揺蕩う
12.雨色
13.濠
14.冬日
15.石畳
16.風の音
17.冬日
18.空港・夜景
19.水温む
20. 陽光(小下図1)
21. 陽光(小下図2)
22. 陽光(小下図3)
23. 冬日(小下図)
24. 石畳(小下図)


展示室外廊下
1.素描課題1
2.素描課題2
3.素描課題3
4.眩(小下図)


鋸山 日本寺 開山1300年 特別展 光 たゆたふ~岩波昭彦展

*鋸山美術館では、「鋸山 日本寺 開山1300年 ~光 たゆたふ~ 岩波昭彦展」を開催いたします。
岩波昭彦(1966年 長野県茅野市生まれ)は1980年代から今日に至るまで、現代日本画の最前線で活躍を続けている作家です。
 彼はライフワークとして長年取り組んでいるニューヨークや東京などの都市風景をモティーフに、変わりゆく時代の姿を鮮明に記録し続ける「都市の肖像」シリーズなどで国内外の多くの美術関係者から高い評価を得ています。
 本展覧会では美しい海原と自然に恵まれた鋸山に魅せられ、1300年前、聖武天皇の勅詔を受けて、行基菩薩によって開かれた鋸山 日本寺の千五百羅漢石像群や房州石の石切場を10年にわたり取材し、精緻を極めた筆遣いで清新かつ情緒豊かに描かれた作品群を特集展示します。
 また、第2室では光や音、そして目に見えない空気といったものの存在を巧みに捉えた再興日本美術院展覧会「院展」の出品作を中心に、五感が研ぎ澄まされた仕事を通し、その軌跡を紹介します。
 後期は「~旅の始まり~」と題し、多摩美術大学の卒業制作「永劫のかけら」など青春期の作品の魅力に迫ります。



Nokogiriyama Museum of Art will hold an event entitled, “Nokogiriyama Nihonji Temple marks its 1300 th year since its founding. ~Lights Gently swaying to and pro~ Akihiko IWANAMI Exhibition”
Akihiko IWANAMI (Born in 1966, in Chino City, Nagano Prefecture) is an artist who has been active at the forefront of Modern Japanese Paintings since 1980s.
He has been highly recognized by those involved in art from inside and outside Japan for his “ Portraits of Cities” series that he has been working on for a long time as his lifework and in which he has been clearly recording the appearance of changing times using urban city scapes such as New York and Tokyo as motifs.
At this exhibition, the museum will feature and exhibit art works drawn refreshingly and emotionally with extremely refined brush strokes. Over 10 years, he collected information about 1,500 Louhan Stone Statues at Nokogiriyama Nihonji Temple founded by Gyoki Bosatsu 1,300 years ago who was ordered by Emperor Shomu fascinated by beautiful Nogogiriyama and also Boshu Stone quarries.

In addition, at Room No.2, centering on exhibition works of “Inten” , the Japan Fine Arts Institute Exhibition, which capture the existence of light, sound and invisible air skillfully, the museum will introduce his path through works with sharpened five senses.

In the latter half of the exhibition, entitled “~The beginning of the journey~”, the museum will introduce the charms of his works created when he was young such as “A piece of eternity”, a graduation art work of Tama Art University.


広重から受け継がれる鋸山の魅力/鈴木裕士

 鋸山美術館(旧金谷美術館)は2010 年3 月にオープンしました。「石と芸術」をテーマに町おこしに取り組み、“みんなでつくる” を合い言葉に多くの皆さまのご協力とご支援により千葉県富津市金谷の「芸術」のシンボルとして親しまれてきました。
 美しい自然に恵まれた富津市にそびえる鋸山は江戸から昭和へ日本の近代化を土台から支えた房州石の石切場でもありました。ギザギザした景観は今や世界から注目される観光名所です。
 また、南側斜面10 万坪余りを境内とする開山1300年の歴史を重ねる「鋸山 日本寺」は大仏様(薬師瑠璃光如来)、百尺観音像、千五百羅漢石像群など素晴らしい歴史遺産の宝庫でもあります。
 日本画家の岩波昭彦氏はこの美しい金谷の海と自然豊かな鋸山に魅せられ10 年以上かけて多くの作品を描いてきました。
 それらの作品群を通し、金谷の魅力を多くの皆様に共有していただくべく「鋸山 日本寺開山1300 年 特別展 光 たゆたふ~岩波昭彦展」を開催いたします。

 金谷は、多くの文人墨客が訪れ多数の名作、優品を遺していった歴史があります。江戸時代後期に旅行ブームが起こり、江戸から近い房総は格好の観光地でした。
 鋸山などに魅了された作家は多く、江戸時代の画家では歌川広重や安房国保田(千葉県鋸南町保田)に生まれた菱川師宣が有名です。
 歌川広重は江戸八重洲河岸の定火消同心 源右衛門の長男として生まれ、天保4年(1833)に爆発的な大ヒットをした東海道の宿場やその周辺を描いた名所絵「東海道五拾三次之内」を刊行し人気を博しました。
 「広重ブルー」と呼ばれた美しい藍色を使ったグラデーションで表現された空、海、雨、雪など旅情を誘う作品は世界中で高い評価を受けています。
 特に注目すべきは歌川広重による版画作品「不二三十六景 安房鋸山」[嘉永6 年・1853](1)、「諸国名所百景 房州鋸山日本寺」[安政6 年・1859](2)、「富士三十六景 房州保田ノ海岸」[安政5年・1858](3)、二代目歌川広重の「諸国六十八景 十七 安房 鋸やま」[文久2 年・1862](4)が有名ですが、岩波昭彦氏も令和の鋸山に魅せられたひとりです。

 今展では第1 室にて10 年に渡り制作してきた「鋸山日本寺 開山1300 年 岩波昭彦が描く鋸山の世界」と題し鋸山や鋸山 日本寺を題材とした写生、下図、本画を合わせて11 点を特集展示いたします。
 岩波氏が浜金谷駅より鋸山を正面から描いた「鋸山」や鋸山山頂の展望台から金谷の町を俯瞰した「眺」、最新作では千五百羅漢石像群を題材にした「清光 奥の院無漏窟」、吸い込まれるような群青の空が特徴的な「薬師瑠璃光如来像」など自然の中に神をみる日本独自の自然信仰の追求が時代を超えて情緒豊かに描かれ今展覧会に受け継がれています。
 江戸時代より多くの人々を魅了してきた風光明媚な景勝地の魅力を“令和の視点“を通してお楽しみいただければ幸いです。

連綿と受け継がれてきた日本画
 日本画(明治以降の呼称)の画材は平安時代末期に描かれた国宝「源氏物語絵巻」や「平治物語絵巻」などに代表されるように昔から使用されています。
 岩絵の具、膠(接着剤)、墨、箔、麻紙、絹、筆、刷毛などを用いて描く千数百年続いている絵画様式です。(5)
 現在まで途絶えることなく江戸時代に活躍した自由奔放な構図と表現でやまと絵に新しい生命を吹き込み近世絵画の黄金時代をつくった狩野派や土佐派などの画家たちによっても連綿と切磋琢磨されてきました。
 その扱いにくく複雑な技法を習得するには膨大な時間と労力が必要となります。しかし、その美しい発色や自由な表現方法は多くの画家たちを魅了し、優れた日本人の美意識や精神性を現代に繋いでまいりました。
 この展覧会では岩波氏が使用している筆などの貴重な画材も合わせて展示しています。

「たゆたふ」に込められた強い意志
 「たゆたふ」には定まる所なく揺れ動くという意味の他に、2001 年に作家が個展を開催したパリ市の紋章にある標語に表記されている「たゆたえども沈まず」-どんなに強い風が吹いても、揺れるだけで沈みはしない-という意味も含まれます。芸術家は皆、芸術追究をけっしてあきらめない強い意志を持っているという意味が込められています。
 光の表現は例えば「当麻曼荼羅縁起」に描かれる阿弥陀如来の周囲に截金(きりかね)や金泥を用い、放射状に描くものや移ろいゆく光を追い求めた印象派の画家モネが有名です。
 しかし、「光」は画家にとって魅了されるテーマでありながら、技術的にも非常に難しい表現であると言えます。
 皇居の水面に揺らぐ朝陽を表現した「樹映」[2010] の他、群青の闇の中、光につつまれる「薬師瑠璃光如来像」[2023] は総高31.5 メートルあり、日本一の大きさを誇る大仏を中央に配した構図は幻想的な魅力を放ちます。
 荘厳な情景を描出した「響」[2022 は駅舎の天井からふりそそぐ光を見事に描写しており、崇高な空気感や臨場感を奏でた作品と言えます。
 岩を垂直に分割した構成の「石切場の朝」[2024] に象徴されるように岩と木立の間から差し込む聖なる光は大自然が垣間見せる一瞬の輝きをとらえています。そこには形のない不思議な「水」や「光」を、何とかして描破しようとする作家の様々な工夫が見て取れます。
 また、後期には「~旅の始まり~」と題し、多摩美術大学の卒業制作として発表した「永劫のかけら」[1989] や南蛮をテーマにした珍しい作品群、ニューヨークシリーズの先駆けとなる再興院展出品作などを中心に、岩波昭彦氏が日本画家を目指し悪戦苦闘する青春期の作品も展示します。
 過去に2014 年の現代日本画の抽象表現を中心に展観した「AKIHIKO IWANAMI 世界をかける日本画」や岩波芸術の代名詞である「都市の肖像」シリーズとライフワークの歴史画を特集した2022 年の「いにしへ そして 現在 岩波昭彦の世界」に続く第3 回目の展観となり、多岐にわたる表現に挑む作家の魅力をより一層深める貴重な機会となるでしょう。
 最後になりましたが、本展覧会の実現にあたり、ご尽力を賜りました岩波昭彦氏をはじめ、ご協力いただきました鋸山 日本寺様、関係各位に、心より御礼を申し上げます。

2025年2月
公益財団法人 鋸山美術館 代表理事 鈴木裕士



(1) 歌川広重《不二三十六景 安房鋸山》嘉永6年・1853
 鋸山越しに富士を望む作品。左下には浮島も見え実際にこの地足を運んで描いたことがわかる。しかしこの方向からの鋸山は現在の山深い林道方面から描くしかなく、広重がそこに足を運んだかは謎である。

(2) 歌川広重《諸国名所百景 房州鋸山日本寺》安政6年・1859
 日本寺は大仏の建立を進めるが、寺社奉行などに無届けで大仏の造営を行ったことから、1799年の吹上公事上聴で大仏の建設中止の命を受ける。完成を見なかった大仏は「仏石」として画中に描かれている。
 現在の大仏は昭和40年代に復元したもので、200年の時を超えて大仏は完成したことになる。

(3) 歌川広重《富士三十六景 房州保田ノ海岸》安政5年・1858
 右端に鋸山の麓にある明鐘岬の奇岩、その海岸に打ち寄せる波飛沫の背景に浦賀水道、三浦半島を望み、遥かに富士を眺望する。

(4) 二代目歌川広重《諸国六十八景 十七 安房 鋸やま》文久2年・1862
 鋸山を俯瞰して描いている。位置的には明鐘岬の沖から鋸山を捉えている。山頂部分の岩が露呈している姿は鋸山特徴をよく表している。

(5) 日本画の材料



たゆたふ光の声を訊く/岩波昭彦

 「鋸山 日本寺 開山1300 年 特別展 光 たゆたふ~岩波昭彦展」を開催していただける運びとなりました。
 再興日本美術院展覧会(院展)の出品作を中心としました展覧会は初めてとなります。
 いまだに満足のいくような作品はなかなか描けておりませんが、過去の多くの出品作の中から「光」をテーマに特集展示していただける機会を与えていただきました。
 いままでの自分の作品と向き合い反省も多くありますが、貴重な機会を与えてもらえた幸運に緊張しながらも大変感謝しております。

-武者絵の虜になった小学生-
 私は美しいアルプス、八ヶ岳などの絶景がパノラマで眺望できる長野県茅野市に生まれ、幼少の頃から諏訪の地で寅と申の年に執り行われる神事として自然を古来より神として崇めておられます諏訪大社様の「式年造営御柱大祭」で曳子として祖母が用意してくれた法被とおんべを片手に氏子の皆様と力と息を合わせて曳行させていただきました。
 最大の見せ場の木落としですが、御柱が息をのむ血気盛んな乗り手達とともに坂を一気に滑り落ちると大観衆からどよめきがおこります。
 その頃の体験と記憶がお城、神社仏閣、日本史が大好きな小学生の私を育ててくれたのだと思います。
 そして、“日本の歴史を描きたい” という強い思いが湧き、中学生になってからは祖父と父から貰った歴史書や専門書で自分なりに歴史考証しながら水彩ペンや墨などを使い模造紙に「武田の騎馬隊」[1980年]や「桶狭間の戦い」など好きな武者絵を思い存分描きました。特に興味を引いたのが「大坂夏の陣図屏風」(黒田屏風)や「関ヶ原合戦図屏風」でした。
 また、初めて見た時の感動は今でも忘れられない安田靫彦先生の「黄瀬川陣」や前田青邨先生の「洞窟の頼朝」などを教科書や画集で知ったのもこの頃です。
 また、高校に入学してからは歴史画を描くのに最も適した岩絵の具を使い麻紙に膠(にかわ)という動物性の接着剤を用いた本格的な日本画との出会いによって神話や武士をテーマにした「歴史画」という今日まで続く生涯のライフワークが始まることになります。
 そのことは2009 年から始まる産経新聞夕刊フジ連載小説「平民宰相 原敬の覚悟」佐高信著や北國新聞夕刊連載小説「激闘の日本史- 幕末維新編~アヘン戦争から戌辰戦争まで~」井沢元彦著など500 枚を超える挿絵「勝海舟」(山縣有朋記念館蔵)[2013年]などを担当するきっかけにもなりました。
 その後、運良く美術大学に進学し加山又造先生や松尾敏男先生など様々な日本画の先生方に影響を受け、前衛芸術を勉強し歴史画の素晴らしさを見つめ続けながら“伝統と革新” に挑む事の大切さを学んだ事は、新しい表現を作品に落とし込もうとする私の情熱を途絶えることなく現在まで後押ししてくれております。

-鋸山のロマンに魅せられて-
 平成12 年に千葉県佐倉市にアトリエを構えて以来、信州の山国に育った私にとってぐっと近くなったあこがれの海をいつでも取材できるのは作品を制作する上でこのうえなく幸せなことです。
 私が産経新聞社東京本社で長年記者として勤務していたご縁と当時館長をされておりました上野の森美術館の鈴木隆敏様のご依頼により10 年程前から鋸山美術館(旧金谷美術館)に携わらせていただくご縁を賜りました。
 富津館山道路を走り富津金谷IC からゆっくりと森とトンネルを抜け、眼前に現れる壮麗で時代を超え多くの人々を惹きつけて止まない富士山を望みながら巨大なタンカーが蜃気楼のように浮かぶ広く青い海原が見えてくる風景は私の“描きたい” と思う創造の源でもあります。
 そして目前に聳える鋸山を見上げる時、いにしえの歴史とロマンに思いを馳せ、その感動を描き残したいとの思いが日々強く芽生えて来るのです。
 繰り返し富津・金谷を訪れ、江戸時代より膨大な量の房州石が切り出され、江戸や浦賀に向け、なくてはならない建築資材として大量に出荷された歴史を持つ石切場を取材するとき、日本の経済発展の中心となった江戸城や台場など東京の礎となった長い歴史に思いを馳せ、感謝と尊敬の気持ちでいっぱいになります。
 また、南側斜面10 万坪余りを境内とする開山1300年の歴史を重ねる「鋸山 日本寺」におられます大仏様(薬師瑠璃光如来)、百尺観音像、千五百羅漢石像群など素晴らしい歴史遺産と出会い、新たな発見が私を虜にしていきました。
 海はいつまで眺めていても飽きません。晴天の青空が海面を青々と染める一刻一刻、重く垂れ込めた鉛色の曇天の時、静かな夕凪、強風で荒れた海など、その表情は尽きません。潮の香りを全身に受けながら肌で感じたその空気感を大切に、これからも取材を重ね描き続けたいと思います。

-大きな宇宙の護符(おまもり)-
 今回の展覧会では第1室に10 年かけて鋸山周辺を題材に描いた作品をご覧いただきます。
 取材をする時の楽しみのひとつが東京湾を臨む鋸山ロープウェーからのロケーションです。山頂駅まで片道約4 分間ですがゴンドラからの眺めはまさに絶景です。
 標高329 m の山頂にある展望台からピーヒョロロロロと風に乗り大空を優雅に飛ぶトンビ(鳶)を目で追いながら漁港に住む人々の息遣いが聞こえる金谷の町を見渡せます。
 東京湾を望み神奈川を経て古来より人々を魅了する霊峰富士に至る風景は言葉にならない美しさです。すべてを真っ赤に染める夕日の眺めは生涯忘れることができないほどです。
 その展望台から繰り返し取材して完成したのが再興第103 回日本美術院展覧会「院展」に出品しました「眺」です。
 また、江戸時代より質の高い石材「房州石」を求めて山を削った鋸山での採石は地域の一大産業として急成長を遂げました。その神秘的な石切場を題材に当時に思いを馳せながら目に見えない空気や光というテーマに挑んだ「石切場の朝(鋸山)」[2024年]も全期を通して展示されます。
 鋸山 日本寺様の広い境内にあります大仏広場には世界平和、万世太平を祈願された31.05mの「薬師瑠璃光如来像」様がひたすら静かでおっとりとした大きいお姿で台座に座っていらっしゃいます。
 ゆったりとして美しい切れ長の眼をされたお顔とお姿を崇敬の念を抱きながら何度も通い写生させていただきました。「天平の甍」などで有名な井上靖先生のお言葉に唐招提寺金堂におられる盧舎那仏座像様のことを「大きな宇宙の護符(おまもり)である」と表現されております。
 まさにその通りの薬師瑠璃光如来様です。是非描かせていただきたいという強い思いで令和2 年の冬から取材を重ね、群青の夜空に月光に照らされ浮かび上がる「薬師瑠璃光如来像」[2023 年、cat.no.2] を令和五年に完成させていただきました。
 千五百羅漢道を歩くと四季を通した雄大な自然の美しさとともに畏怖の念を抱かずにはいられません。最新作では完成までに1 年かかりましたが、心癒やされる緑陰と光をテーマにしました「清光 奥の院無漏窟」[2025年]が展示されております。
 写生や小下図なども合わせて令和の鋸山を感動と共に記録し、後世に残したいとの思いから描かせていただきました11 点を展示させていただきます。

-自然から学びとりなさい-
 第2室では「光 たゆたふ」をテーマに展示させていただきます。
 岡倉天心先生(1863-1913)が創設されました日本美術院が主催する「再興第76 回日本美術院展(院展)」に初入選したのが平成三年(1991)のことです。以来、松尾敏男先生や那波多目功一先生を師と仰ぎ、日本美術院にて勉強させていただいております。
 「空気を描く工夫はないか」という岡倉天心先生の問いに答えるべく横山大観先生は「朦朧体」という新しい技法に挑まれました。先生方のお教えと美術史を勉強することにより伝統と革新という先生方の苦闘されてきた歴史の重みが日々伝わってきます。
 私は30 年以上前から皇居のお濠や平川門などの写生を通して光、空気、音、香りなど形のないものの表現をテーマに勉強を続けてきました。今回出品させていただきます「樹映」[2010年]、「揺蕩う」、「昇」などは私の勤める新聞社から皇居が近いため、数多く描かせていただきました。
 松尾敏男先生には「本画にするとき、写生をただ写すだけではいけません。空気や音など目にみえないものや、もっと深いものを自然から学びとりなさい」と教えられてきましたが、道半ばでなかなか思うような絵が描けないまま現在に至っています。
 今回は出品できませんが、平成元年に開催されました第44 回春の院展に初入選しました「秋の匂い」(愛媛県美術館蔵)[1998年]は22 歳の時に只管無心で風に吹かれた雑草の匂いを描きたいと思った作品です。

 20年以上前の制作中の思い出です。木製パネルに裏打ちをした雲肌麻紙を貼り込み、真っ白い画面に向き合います。下図を見ながら、何度も岩絵の具を塗り込んでいきますが、なかなか思い通りになりません。
 ある時、画面のすべてに水を引き、銀鼡というグレー色の岩絵の具を少量乗せ、空刷毛(乾いた状態の刷毛)で丁寧に上下左右に引くとやわらかい澄んだ空気のようになりました。
 私にとっては初めての発見で、表現の幅が広がり、一歩前に進めた気持ちになりました。

-旅の始まり 問いかけの絵画-
 後期は「~旅の始まり~」と題し、多摩美術大学(加山又造クラス)の卒業制作から始まりました青春期の「永劫のかけら」シリーズを出品させていただきます。
 加山又造先生は当時から華麗でダイナミックな画面で多くのファンを魅了し、戦後日本画の革新を担う旗手としてめざましいご活躍をされていました。
 勉強の苦手な私ですが、加山先生への憧れは今でも変わりありません。
 そして、大好きだった日本史を卒業制作のテーマに徳川家康・豊臣秀吉・伊達政宗の甲冑を画面に配した「永劫のかけら」[1989年]は前衛絵画とはかけ離れた構図でしたが、恐れ多くも加山又造先生が講評の時に「普通、卒業制作はなかなか実力を出し切ることが難しいものですが、構図もよく練られ、力を出し切った良い作品です」と褒めてくださったのを思い出します。今でも心の支えになっています。
 また、松尾先生も卒業制作の印象について平成22 年(2010)に日本橋三越本店での私の個展に「若い美大生はとかくモダンな画風を追いがちですが、そのような傾向の中で岩波君が武者合戦を描いた作品が強く印象に残っています。」[2010年] とお言葉を寄せてくださいました。
 他にも27 歳で憧れだったニューヨークに初めて訪れて以来、繰り返しマンハッタンを取材した「タイムズ・スクエア」や「ミッドタウン」など再興院展に入選を重ねた初期のニューヨークシリーズも出品します。
 今でも加山又造先生や松尾敏男先生などにご指導いただきました学生時代が昨日のことのようです。

-下図は大いなる可能性の宝庫-
 美大在学中は下図を作らず、よく行き当たりばったりで本画に向かい思い通りに完成しない事が多かったように思います。松尾敏男先生に師事するようになり日本美術院の先生方から「下図は作品制作の上で大切な設計図です。手を抜いてはいけません」と厳しく教えていただき、以後下図は習慣となり本画制作に欠かせないものとなりました。
 また、加山又造先生のお考えは日本美術院の先生方と少し異なりますが、様々な視点があることを気付かせてくださり、今でも私の制作の糧となっています。

 画集に寄せられた印象的な加山先生のお言葉
 計画的に下図をこしらえると
 何故か、いい結果が得られない。
 固くなってつまらぬものになる。
 結局、素材と遭遇した時の即興にしたがい、
 自分の内に堆積しているものを、
 素材の中に
 静かに吐き出していくのがいいように思う。
 ※註2

 最後に師であります松尾敏男先生から頂きました2013(平成25 年)香林坊大和様での文化勲章受章記念展図録に掲載されていましたお言葉があります。
 「『日本画』と呼ばれる絵画は単に伝統的な日本独自の材料を使用することでその様に呼称されるだけではなく、日本の文化とは? との問いかけの絵画なのです。自然の豊かさ、四季の移り変わり、その中で育った我々民族の自然への敬意に基づく祈りなのです。
 自然の中に神を見る日本独自の自然信仰の思いの追求が日本画の根底であると考えます」
 ※註1

 描くことは眠られぬほどの決断と勇気を必要としますが、たゆたう” 光の声” に耳を傾けるという偉大な先生方の教えを胸に刻み勉強を続け、もっとよい絵が描けるよう精進を重ねたいと思います。
 最後にこの展覧会の実現のためにご協力賜りました関係者の皆様に心より厚く御礼を申し上げます。ご高覧賜りましたら幸いでございます。

 2025年2月 岩波昭彦

 註)
 (1)『大画面の5次元の創造 加山又造』、小学館、1984年
 (2)『文化勲章受章記念 日本藝術院会員 松尾敏男展』、(株)大和 香林坊店、2013年


展覧会フライヤー

展覧会名:鋸山 日本寺 開山1300年 特別展 光 たゆたふ~岩波昭彦展









前期同時開催(鋸山美術館 第3展示室)



後期同時開催(鋸山美術館 第3展示室)









別館・鋸山資料館

別館・鋸山資料館についてのご案内


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About Us

鋸山美術館は2010年3月に金谷美術館としてオープン。
「石と芸術」をテーマに町おこしに取り組む千葉県富津市金谷の「芸術」のシンボルとして皆さまに親しまれてきました。
10周年を機に千葉県の名山、鋸山の名を冠した「鋸山美術館」に名称変更。
これまで以上に地域の芸術文化振興に寄与するよう努めてまいります。

〒299-1861  千葉県富津市金谷2146-1
公益財団法人 鋸山美術館
TEL:0439-69-8111 / FAX:0439-69-8444